消防長や消防署長は、建物の持ち主に「ここを直しなさい」「この建物を使ってはいけません」と命令を出すことができます。
では、その命令を出したあとはどうなるのでしょうか。相手が従わなかったら。命令がまちがっていたら。持ち主が「納得できない」と言ったら。
今回は、命令が出たあとに起きることをまとめます。言葉はかたいですが、中身は「約束を守らせるしくみ」と「まちがいを正すしくみ」の話です。
命令には「やりなさい型」と「やめなさい型」がある
まず、ここを分けておかないと先へ進めません。消防長・消防署長が出す命令は、大きく2つに分かれます。
- やりなさい型(作為義務)…「階段の荷物をどけなさい」「消火器をつけなさい」
- やめなさい型(不作為義務)…「この建物を使ってはいけません」「工事を止めなさい」
「何かをしなさい」なのか、「何かをするな」なのか。たったそれだけのちがいですが、このあとの代執行の話で決定的に効いてきます。
代執行できるのは「他人が代われること」だけ
「法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。」
つまり代執行とは、「本人がやらないから、役所が代わりにやって、かかったお金を本人に払わせる」しくみです。
ただし、いつでも使えるわけではありません。次の3つがすべてそろったときだけです。
- 他人が代わってできる行為であること(これを代替的作為義務といいます)
- ほかの方法では守らせるのがむずかしいこと
- 放っておくと世の中のためにならないこと
3本の鍵がそろって、はじめて扉が開くイメージです。1本でも抜けていたら代執行はできません。
使用停止命令は代執行できない、設置命令はできる
「消防長又は消防署長は、防火対象物の位置、構造、設備又は管理の状況について次のいずれかに該当する場合には、権原を有する関係者に対し、当該防火対象物の使用の禁止、停止又は制限を命ずることができる。」
つまり「使うな」という命令です。これはやめなさい型。
ここで考えてみてください。「使わない」ことを、役所が代わりにやってあげられるでしょうか。できません。使わないでいられるのは本人だけです。だから代執行はできません。
「消防長又は消防署長は、第十七条第一項の防火対象物における消防用設備等が設備等技術基準に従つて設置され、又は維持されていないと認めるときは、当該防火対象物の関係者で権原を有するものに対し、当該設備等技術基準に従つてこれを設置すべきこと、又はその維持のため必要な措置をなすべきことを命ずることができる。」
こちらは「つけなさい」「直しなさい」というやりなさい型です。しかも、業者に頼めば他人が代わりにできます。だから代執行できます。
「緊急を要するから代執行できる」はまちがいです。急いでいるかどうかではなく、他人が代われるかどうかで決まります。
命令が有効・適法であるための4つの条件
命令は、紙に書いて渡せばそれでよい、というものではありません。次の4つがそろって、はじめて有効で適法な命令になります。
- 誰が出した命令かがはっきりしている…権原のある者(消防長・消防署長)の名前が書いてある
- 相手に届いている…これを到達といいます。机の中に置いたままでは命令になりません
- 何をすればよいかがはっきり書いてある…「ちゃんとしなさい」では何をしてよいかわかりません
- いつまでにやるかが無理のない期限になっている…「明日まで」では守りようがありません
では、「どうやってやるか」はどうでしょうか。階段の荷物をどけるとき、自分で運んでもいいし、業者に頼んでもいいし、倉庫を借りてもいい。どの方法を選ぶかは相手の自由です。
役所が決めるのは「何を」「いつまでに」まで。やり方まで指図するものではありません。
「履行の方法まで指示しなければ命令は無効」はまちがいです。履行方法の指示は、有効要件ではありません。
命令が取り消されたら、お金で埋め合わせる
「第五条第一項又は第五条の二第一項の規定による命令を取り消す旨の判決があつた場合においては、当該命令によつて生じた損失に対しては、時価によりこれを補償するものとする。」
つまり、裁判所が「その命令はまちがいだった」と判決を出したら、命令のせいで出てしまった損を埋め合わせます。金額は時価、つまりそのときの値段です。買ったときの値段ではありません。
では、誰が払うのでしょうか。
「前二項の規定による補償に要する費用は、当該市町村の負担とする。」
払うのは市町村です。消防は市町村の仕事(市町村消防の原則)なので、お金もその市町村が出します。
なお、第6条第3項には、もう1つの道があります。建物がそもそも法令に違反していなかった場合は、取消判決がなくても時価で補償するというルールです。
「補償は国が払う」はまちがいです。「購入時の値段で払う」もまちがい。時価で市町村が払います。
文句があるときは30日以内に ― 審査請求
「第五条第一項、第五条の二第一項又は前条第一項の規定による命令についての審査請求に関する行政不服審査法(平成二十六年法律第六十八号)第十八条第一項本文の期間は、当該命令を受けた日の翌日から起算して三十日とする。」
行政不服審査法のふつうの期間は3か月です。ところが消防法の命令だけは、わざわざ30日と短くしてあります。
なぜでしょうか。消防の命令は「危ないから早く何とかしてほしい」という場面で出るものです。いつまでも争えるようにしておくと、危険な状態が長く続いてしまいます。だから早く決着をつけるしくみになっています。
では、どこに出すのでしょう。
「前三号に掲げる場合以外の場合 ― 当該処分庁等の最上級行政庁」
消防署長が出した命令なら、その上をたどっていきます。消防署長の上は消防長、消防長の上は市町村長。いちばん上は市町村長なので、市町村長に審査請求します。
「消防署長の命令だから消防長へ」「都道府県知事へ」「総務大臣へ」は、いずれもまちがいです。
審査請求と取消訴訟、数えはじめがちがう
「第五条第一項、第五条の二第一項又は第五条の三第一項の規定による命令又はその命令についての審査請求に対する裁決の取消しの訴えは、その命令又は裁決を受けた日から三十日を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。」
裁判所に訴える場合(取消訴訟)も30日です。ところが、条文の書き方をよく見ると、数えはじめが1日ずれています。
| 期間 | 数えはじめ | 例外 | |
|---|---|---|---|
| 審査請求 (第5条の4) | 30日 | 受けた日の翌日から起算 | ― |
| 取消訴訟 (第6条1項) | 30日 | 受けた日から | 正当な理由があるとき |
どちらも「30日」なので、つい同じだと思いがちです。条文は審査請求=翌日から起算、取消訴訟=受けた日からと書き分けています。
使用停止命令は代執行できない。設置・改修命令はできる
取消判決があったら時価で補償。費用は当該市町村の負担
受けた日の翌日から起算して30日。出す先は最上級行政庁
📒 この記事のまとめ
命令が出たあとの話は、「守らせるしくみ」と「正すしくみ」の2本立てで整理できます。
- 代執行ができるのは、他人が代わってできる作為義務(代替的作為義務)だけ(行政代執行法第2条)
- 使用の禁止・停止・制限命令は不作為義務なので代執行できない(消防法第5条の2第1項)
- 消防用設備等の設置・維持の措置命令は代執行できる(第17条の4第1項)
- 命令の有効要件は、権原者の表示・到達・内容の明確性・履行期限の妥当性の4つ。履行方法の指示は要件ではない
- 取消判決があったときは時価により補償し、費用は当該市町村の負担(第6条第2項・第4項)
- 審査請求は命令を受けた日の翌日から起算して30日、出し先は最上級行政庁である市町村長(第5条の4、行審法第4条第4号)
- 取消訴訟も30日だが、こちらは受けた日から。正当な理由があるときは例外(第6条第1項)
次回は、この命令に従わなかったときの罰則を見ていきます。
確認問題(全5問)
問 1
行政代執行の対象となる義務に関する記述のうち、妥当なものはどれか。
- 代執行の対象となるのは、他人が代わってすることのできる作為義務に限られる。
- 代執行の対象となるのは、不作為義務に限られる。
- 緊急の必要があると認められるときは、不作為義務についても代執行することができる。
- 金銭の納付義務についても代執行することができる。
- 代執行に要した費用は、当該市町村の負担とされ、義務者から徴収することはできない。
💡 ヒント
扉を開けるのに必要だった、1本目の鍵には何と書いてありましたか。
✅ 正解と解説を見る
正解:A
行政代執行法第2条は、代執行の対象を「他人が代つてなすことのできる行為」(代替的作為義務)に限っています。費用は義務者から徴収します。
問 2
次の命令のうち、行政代執行をすることができないものはどれか。
- 消防用設備等を設備等技術基準に従って設置すべきことの命令
- 階段に存置された物件の除去の命令
- 防火対象物の使用の禁止、停止又は制限の命令
- 防火対象物の改修の命令
- 避難上必要な施設の維持のため必要な措置をなすべきことの命令
💡 ヒント
役所の人が腕を組んで困っていたのは、どちらの命令でしたか。
✅ 正解と解説を見る
正解:C
使用の禁止・停止・制限は「使わない」という不作為義務であり、他人が代わって履行することができないため代執行の対象になりません。ほかの4つはいずれも作為義務で、業者等が代わって行えます。
問 3
命令が有効かつ適法であるための要件に関する記述のうち、妥当でないものはどれか。
- 命令を発する権原を有する者が明示されていること。
- 命令が相手方に到達していること。
- 命令の内容が具体的に明示されていること。
- 履行期限が社会通念上妥当なものであること。
- 義務の履行方法が具体的に指示されていること。
💡 ヒント
持ち主が3つの方法から選んでいた絵を思い出してください。
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正解:E
どのような方法で義務を果たすかは義務者が選べます。履行方法の指示は命令の有効要件ではありません。
問 4
消防法第5条の2第1項の命令を取り消す旨の判決があった場合の損失補償に関する記述のうち、妥当なものはどれか。
- 当該物件の購入時の価格により補償し、その費用は国の負担とする。
- 時価により補償し、その費用は当該市町村の負担とする。
- 時価により補償し、その費用は都道府県の負担とする。
- 補償は行われない。
- 時価により補償するが、その費用は命令を発した消防長又は消防署長の負担とする。
💡 ヒント
お金の袋に書かれていた言葉と、袋を渡していた建物を思い出してください。
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正解:B
第6条第2項で時価により補償するものとされ、第4項でその費用は当該市町村の負担とされています。国や都道府県ではありません。
問 5
消防署長が発した消防法第5条の2第1項の命令についての審査請求に関する記述のうち、妥当なものはどれか。
- 命令を受けた日の翌日から起算して3か月以内に、消防長に対して行う。
- 命令を受けた日から30日以内に、都道府県知事に対して行う。
- 命令を受けた日の翌日から起算して60日以内に、市町村長に対して行う。
- 命令を受けた日の翌日から起算して30日以内に、市町村長に対して行う。
- 命令を受けた日の翌日から起算して30日以内に、総務大臣に対して行う。
💡 ヒント
矢印の先にあった建物には、何と書かれていましたか。
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正解:D
期間は第5条の4で「命令を受けた日の翌日から起算して30日」。出し先は行政不服審査法第4条第4号により処分庁等の最上級行政庁、すなわち市町村長です。


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