救急車は、呼べば来てくれます。お金もかかりません。
では、あれは法律上どういう行為なのでしょうか。そして、運ぶ病院はどうやって決まるのでしょうか。
今回のテーマは、ふだん当たり前に受けている救急業務のしくみです。「誰が決めるか」に注目しながら、条文を一度そのまま読んで、かみ砕いていきます。
救急業務とは何か(第2条第9項)
「救急業務とは、災害により生じた事故若しくは屋外若しくは公衆の出入する場所において生じた事故(…「災害による事故等」という。)又は政令で定める場合における災害による事故等に準ずる事故その他の事由で政令で定めるものによる傷病者のうち、医療機関その他の場所へ緊急に搬送する必要があるものを、救急隊によつて、医療機関…その他の場所に搬送すること(傷病者が医師の管理下に置かれるまでの間において、緊急やむを得ないものとして、応急の手当を行うことを含む。)をいう。」
長いですが、分解するとこうなります。
- きっかけ…災害による事故、屋外や人が出入りする場所での事故、それに準ずる事故や政令で定める事由
- 対象…緊急に運ぶ必要がある傷病者
- やること…救急隊が医療機関などへ搬送する
- おまけ…医師に引き渡すまでのあいだ、やむを得ない場合の応急の手当も含む
ここで大事なのが最後のかっこ書き。「救急業務は運ぶだけ」ではありません。応急の手当も、法律上きちんと救急業務に含まれています。
「救急業務の範囲は搬送のみであり、応急処置は含まれない」はまちがいです。
対象は思ったより広い
条文をもう一度見てください。「災害により生じた事故若しくは屋外若しくは公衆の出入する場所において生じた事故…又は…災害による事故等に準ずる事故その他の事由で政令で定めるもの」。
ここでいう「災害」は、大地震や大水害だけを指すのではありません。比較的小規模な事故も対象です。
- 屋外の事故…交通事故、水難事故、建築工事現場の事故など
- 屋内の事故や急病人…放置すれば生命に危険が及ぶおそれのあるもの
自宅で急に倒れた人も救急車で運ばれます。あれは「屋内の急病人」として対象に入っているからです。
「救急業務の対象は災害対策基本法に定める災害に限られる」はまちがい。もしそうなら、交通事故や自宅での急病に救急車は来てくれないことになってしまいます。
強制力のない「事実行為」
ここは法律の性質の話です。少しむずかしいので、ていねいに見ていきます。
行政(役所)の行為は、大きく2つに分けられます。
- 権力的なもの…相手の意思に関係なく、義務を課したり権利を制限したりする。第2回で学んだ措置命令や、第10回の設置維持命令がこれです
- 非権力的なもの…相手に何かを強制しない。サービスを提供する側の行為
救急業務は後者です。傷病者を助けて運ぶ行為であって、誰かに義務を課すわけでも、権利を制限するわけでもありません。
そしてもうひとつの軸が「法律行為か、事実行為か」。許可や命令のように法律上の効果を生むのが法律行為、実際に体を動かす行為そのものが事実行為です。救急業務は、運ぶ・手当てするという実際の行動なので事実行為。
2つを合わせて、救急業務は「非権力的事実行為」と呼ばれます。国民にサービスを給付する行政という意味で「給付行政」「保護行政」の典型例ともいわれます。
「救急業務は行政処分であり、権力的事実行為である」はまちがい。行政処分とは、役所が相手の権利義務を決める行為のことで、救急業務はそれにあたりません。
どの病院へ運ぶかは都道府県が決める(第35条の5〜第35条の7)
救急隊は、搬送先の病院を適当に選んでいるわけではありません。都道府県があらかじめルールを作っています。
「都道府県は、消防機関による救急業務としての傷病者の搬送…及び医療機関による当該傷病者の受入れ…の迅速かつ適切な実施を図るため、傷病者の搬送及び傷病者の受入れの実施に関する基準(…「実施基準」という。)を定めなければならない。」
つまり、実施基準を定めるのは都道府県。市町村ではありません。救急搬送は市町村の区域をまたぐことが多いので、広域の都道府県が決めるほうが合理的だからです。
「実施基準においては、…次に掲げる事項を定めるものとする。
一 傷病者の心身等の状況…に応じた適切な医療の提供が行われることを確保するために医療機関を分類する基準
二 …分類された医療機関の区分及び…名称
三 消防機関が傷病者の状況を確認するための基準
四 消防機関が傷病者の搬送を行おうとする医療機関を選定するための基準
五 消防機関が…医療機関に対し傷病者の状況を伝達するための基準
六 …傷病者の受入れに関する消防機関と医療機関との間の合意を形成するための基準…」
三号・四号・五号の主語は、どれも「消防機関が」です。傷病者の状況を確認するのも、病院を選ぶのも、状況を伝えるのも、現場にいる消防機関の仕事。
「傷病者の状況を確認するための基準は、医療機関が確認するための基準である」はまちがい。主語が入れかわっています。
「4 都道府県は、実施基準を定めるときは、あらかじめ、第三十五条の八第一項に規定する協議会の意見を聴かなければならない。
5 都道府県は、実施基準を定めたときは、遅滞なく、その内容を公表しなければならない。」
先に協議会の意見を聴いて、決めたら遅滞なく公表。現場の消防と病院の意見を反映させ、決まった内容は誰でも見られるようにする、という流れです。
できた基準は、どう扱われるのでしょうか。
「1 消防機関は、傷病者の搬送に当たつては、実施基準を遵守しなければならない。
2 医療機関は、傷病者の受入れに当たつては、実施基準を尊重するよう努めるものとする。」
言葉の強さがちがうことに注目してください。消防機関は「遵守しなければならない」=守る義務。医療機関は「尊重するよう努める」=努力義務です。
病院には手術中・満床など受け入れられない事情があり得るので、強制まではできない、ということです。
「総務大臣及び厚生労働大臣は、都道府県に対し、実施基準の策定又は変更に関し、必要な情報の提供、助言その他の援助を行うものとする。」
援助するのは国(総務大臣・厚生労働大臣)、受けるのは都道府県。消防を所管する総務省と、医療を所管する厚生労働省の両方が出てくるのは、救急搬送が消防と医療の両方にまたがるからです。
「実施基準の策定への援助は、都道府県が市町村に対して行う」はまちがいです。
協議会に市町村職員は入らない(第35条の8)
「1 都道府県は、実施基準に関する協議並びに実施基準に基づく傷病者の搬送及び傷病者の受入れの実施に係る連絡調整を行うための協議会…を組織するものとする。
2 協議会は、次に掲げる者をもつて構成する。
一 消防機関の職員
二 医療機関の管理者又はその指定する医師
三 診療に関する学識経験者の団体の推薦する者
四 都道府県の職員
五 学識経験者その他の都道府県が必要と認める者」
構成員は5種類。条文に書かれていないものに注目してください。
市町村の職員は入っていません。協議会を組織するのは都道府県なので、都道府県の職員は入りますが、市町村の職員は列挙されていないのです。
「協議会の構成員には、都道府県及び市町村の職員が含まれる」という選択肢は、市町村を足している点でまちがいです。
助けたら補償される?(第35条の10・第36条の3)
救急現場に居合わせた一般の人が手伝って、ケガをしてしまったら。消防法には補償の制度があります。
「救急隊員は、緊急の必要があるときは、傷病者の発生した現場付近に在る者に対し、救急業務に協力することを求めることができる。」
「第二十五条第二項…又は第二十九条第五項…の規定により、消火若しくは延焼の防止若しくは人命の救助その他の消防作業に従事した者又は第三十五条の十第一項の規定により市町村が行う救急業務に協力した者が、そのため死亡し、負傷し、若しくは疾病にかかり又は障害の状態となつた場合においては、市町村は、…その者又はその者の遺族が…受ける損害を補償しなければならない。」
条文をよく読んでください。救急業務について補償されるのは「第35条の10第1項の規定により…協力した者」。つまり、救急隊員から協力を求められて手伝った人です。
逆にいえば、頼まれていないのに自分の判断で救護した場合は、この補償の対象になりません。
少し冷たく感じるかもしれませんが、理由があります。補償は市町村の税金から支払われます。市町村が「この人に手伝ってもらう」と判断して頼んだ以上は責任を持つ、という線引きなのです。
なお、消火や人命救助への協力のほうは第25条・第29条が根拠で、こちらも消防吏員や消防団員の要求によって従事した場合が対象です。
給付行政の典型。範囲は搬送+緊急やむを得ない場合の応急の手当
消防機関は遵守、医療機関は尊重する努力。援助は国→都道府県
協議会の構成員は5種類。災害補償は協力要請があったことが要件
📒 この記事のまとめ
救急業務は、「誰が何をするか」で整理すると迷いません。
- 救急業務は非権力的事実行為で、給付(保護)行政の典型。行政処分ではない
- 対象は大規模災害に限らず、交通事故・水難事故・工事現場の事故・屋内の急病も含む
- 範囲は搬送に加え、医師に引き渡すまでの緊急やむを得ない応急の手当
- 実施基準を定めるのは都道府県。協議会の意見を聴き、定めたら遅滞なく公表する
- 確認・選定・伝達の基準の主語は消防機関。消防機関は遵守、医療機関は尊重する努力
- 援助は総務大臣・厚生労働大臣から都道府県へ。協議会に市町村職員は入らない
- 救急業務の協力者への災害補償は、救急隊員からの協力要請があったことが要件
これで消防法の第6章まで終わりました。
確認問題(全5問)
問 1
消防法に定める救急業務に関する記述のうち、妥当でないものはどれか。
- 救急業務の対象となる事故は、災害対策基本法に定める災害のみならず、比較的小規模の災害も対象とされる。
- 屋外で生じた事故の代表例としては、交通事故、水難事故及び建築工事現場における事故等がある。
- 屋内で生じた事故又は急病人で、放置すればその生命に危険が及ぶおそれのあるものは、救急業務の対象とされる。
- 救急業務は、消防法に根拠を有する消防作用で、かつ行政処分であるので権力的事実行為である。
- 救急業務の範囲は、傷病者を医療機関に搬送することのほか、緊急やむを得ない場合には必要な応急の手当を行うことも含まれる。
💡 ヒント
黒板のマス目で、救急車が置かれていたのはどのマスでしたか。
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正解:D
救急業務は住民の生命・身体の安全保護のための作用で、強制力を伴わない非権力的事実行為(給付行政の典型)です。行政処分ではありません。
問 2
救急業務の対象に関する記述のうち、誤っているものはどれか。
- 対象となる事故は、比較的小規模の災害も含む。
- 救急業務の対象は、災害対策基本法に定める大規模災害に限られる。
- 交通事故・水難事故は救急業務の対象となり得る。
- 屋内の急病人で放置すれば生命に危険が及ぶおそれのあるものは対象となる。
- 建築工事現場における事故は対象となり得る。
💡 ヒント
4つの場面を並べた絵には、自宅の居間の場面も入っていましたね。
✅ 正解と解説を見る
正解:B
救急業務の対象は大規模災害に限られず、比較的小規模の災害・事故や屋内の急病も含みます。
問 3
消防法第35条の5に定める傷病者の搬送及び受入れの実施に関する基準について記したもののうち、誤っているものはどれか。
- 実施基準は、傷病者の心身等の状況に応じた適切な医療の提供が行われることを確保するために定められる。
- 都道府県は、実施基準を定める。
- 実施基準には、消防機関が傷病者の搬送を行おうとする際の基準が含まれる。
- 実施基準には、医療機関が傷病者を受け入れる際の合意形成に資する基準が含まれる。
- 実施基準には、医療機関が傷病者の状況を確認するための基準が含まれる。
💡 ヒント
脈をとり、搬送先を選び、無線で伝えていたのは誰でしたか。
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正解:E
傷病者の状況を確認するための基準は「医療機関」ではなく「消防機関」が確認するための基準です(第35条の5第2項第三号)。
問 4
消防法第35条の8に定める協議会の構成員について記したもののうち、誤っているものはどれか。
- 消防機関の職員
- 医療機関の管理者又はその指定する医師
- 都道府県及び市町村の職員
- 診療に関する学識経験者の団体の推薦する者
- 学識経験者その他の都道府県が必要と認める者
💡 ヒント
円卓の手前にあった空席の名札には、何と書いてありましたか。
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正解:C
協議会の構成員に市町村の職員は含まれません(第35条の8第2項)。都道府県の職員は含まれます。
問 5
消防法の定める災害補償が適用されるものとして、誤っているものはどれか。
- 救急隊員から協力を求められたわけではないが、救急隊の到着前に傷病者を救護した。
- 火災現場で、消防団員の要求で消火作業に従事した。
- 消防吏員に求められて消火作業に従事した。
- 地震に際して、消防吏員の要求により救助活動に従事した。
- 救急隊員から協力を求められて、傷病者の搬送を手伝った。
💡 ヒント
補償されるかどうかの分かれ目は、「頼まれたかどうか」でしたね。
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正解:A
救急業務については、第35条の10第1項により救急隊員から協力を求められたことが災害補償の要件です(第36条の3第1項)。協力要請なく自発的に救護した場合は対象となりません。


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