第7回:運動と勉強 ― 動かす時間を、覚える時間に変える

勉強法
運動と勉強 消防昇任試験対策

訓練、活動、体力錬成。この仕事をしていれば、体を動かす時間は毎日のようにあります。

ところが、その時間と勉強がつながっている人は多くありません。運動は運動、勉強は勉強として、別々に置かれています。

じつは、この2つの置き方を変えるだけで、覚えたことの残り方が変わることが分かっています。運動する時間を増やす必要はありません。

今回は、いつ・どのくらいの強さで動かせばいいのかという話です。

0

運動が効くのは「覚えたことが残る量」

変わるのは、見えない部分

運動と勉強の研究を並べていくと、効いている場所がはっきりしています。

変わるのは、覚えたことが、あとになってどれだけ残っているかです。芽の伸びではなく、根の張り方が変わるイメージだと思ってください。

地上の芽はほとんど同じだが、土の中の根の張り方が大きく違う対比
変わるのは、目に見えている部分ではない

ですから、運動した日に手応えを感じることはあまりありません。

差が出るのは数日後、思い出そうとしたときです。ここを知らないと「効いていない」と判断してやめてしまいます。

効果の大きさは、小さくない

2013年に発表された分析では、運動の研究が2種類に分けて集められました。1回の運動と、続けている運動習慣です。

そのうえで、記憶への影響が比べられています。

運動の種類覚えたことが残る量その場で覚えておく力
1回の運動0.52(中〜大)0.26(中くらい)
続けている運動習慣0.15(小さい)
数字は効果量。大きいほど差がはっきりしている

いちばん大きかったのが、1回の運動が「あとに残る量」に与えた効果(0.52)でした。勉強法そのものと比べても、小さくない数字です。

第4回では「運動の習慣がある人は頭の働きが保たれる」という研究を紹介しましたが、あれとは測っているものが違います。習慣のほうは年単位で頭の働き全体を保つ話、今回は今週覚えたことを残す話です。

効果は、少なくとも2日後まで確認されている

「その日だけの話ではないのか」と思われるかもしれません。

この分野の実験の多くは、運動した48時間後に記憶を測っています。これから紹介する研究も、ほとんどが2日後のテストです。

つまり、運動した日ではなく、その先まで残っているかどうかを見て、差が出ているということです。

先に断っておくと

運動しても、その場で問題が解けるようになるわけではありません。効くのは覚えたものを残す側です。覚える作業をしたうえでの話で、運動だけでは何も残りません。

1

いつ動かすか ― 置き場所で順位がある

25件をまとめると、はっきり順位がついた

ここが今回いちばん大事なところです。

2019年に発表された分析では、25件の研究がまとめられました。運動を置いた場所を4つに分けて、効果の大きさを比べています。

運動を置いた場所効果の大きさ
覚えている最中に動く−0.12(下がる)
覚える前に動く0.11(はっきりしない)
覚えた直後〜早い時期に動く0.47(中くらい)
覚えて、しばらく経ってから動く1.05(大きい)
数字は効果量。マイナスは、やらないほうが良かったという意味

順位をつけると、こうなります。

あとに置く > 前に置く > ながらでやる

いちばん大きいのは、覚えてしばらく経ってから動かしたとき(1.05)でした。

「運動してから勉強」は、悪くはないが最善ではない

「運動してから勉強するとよい」という話を聞いたことがある方も多いと思います。

表の2行目がそれにあたります。効果はプラス側ですが、複数の研究をまとめるとはっきりしませんでした(0.11)。うまくいった研究もあれば、差が出なかった研究もある、という状態です。

やって損はありません。ただし、いちばん確実な置き方ではないということになります。

「ながら運動」は、やらないほうがよかった

もうひとつ、実用的に重要なのが1行目です。

歩きながら暗記する、走りながら音声を聞く。こうした「ながら」のやり方は、この分析ではマイナス(−0.12)でした。運動しないよりも成績が下がっています。

第2回で「ながら勉強は同時ではなく切り替え」という話をしましたが、運動でも同じことが起きているようです。

ここが大事

覚える作業と体を動かす作業は、重ねない。順番に並べる。これだけで、マイナスがプラスに変わります。

2

どのくらいあけて、どのくらいの強さで

4時間あけた実験

「しばらく経ってから」とは、どのくらいでしょうか。

2016年の研究では、72人に約40分かけて内容を覚えてもらい、運動するタイミングだけを3つに分けました。運動の中身はどちらも同じで、35分間の自転車こぎです。

  • 覚えた直後に運動する
  • 覚えた4時間後に運動する
  • 運動しない

48時間後に測った結果、はっきり多く覚えていたのは4時間あけたグループだけでした。直後に運動したグループは、運動しなかったグループと変わりませんでした。

覚えたあと、すぐ動く・4時間後に動く・動かないの3つを時間軸に並べた図
変えたのは、運動する時刻だけ

ただし、この実験で試されたのは0時間と4時間の2つだけです。2時間や6時間は調べられていません。

ですから「4時間ちょうど」にこだわる必要はありません。読み取れるのは、すぐではなく、少し間をあけるということです。

強さは、高めのほうが効いた

強さについても、セクション1と同じ分析が答えを出しています。

結論は、強めの運動のほうが効果が大きいというものでした。目安としてよく挙げられる「最大心拍数の7〜8割」は、この範囲に入ります。

実際、4時間後の実験も最大心拍数の80%まで上がるかなりきつい内容でした。

軽い運動はすぐ近くの机に光が届き、きつい運動は遠回りして届く対比
強さと置き場所は、組み合わせで決まる

軽い運動が向く場面もある

では軽い運動に意味がないかというと、そうでもありません。

2018年に日本で行われた研究では、36人に10分間だけ、息が上がらない程度の運動をしてもらいました。その直後に脳の様子を調べると、記憶に関わる部分と周りの領域とのつながりが強まっており、つながりが強まった人ほど思い出せる量も多いという関係が見られています。

着替えも汗も必要ない強さで、机に向かう直前に置けるのが利点です。

息の上がらない速さで住宅街を10分ほど散歩している場面
近所を一周してくる、その程度で足りる
置き場所向いている強さ位置づけ
覚えたあと、間をあけて強め(最大心拍の7〜8割)いちばん確実
覚える前軽め(10分程度)そのまま机に向かえる
覚えた直後軽い運動は避ける間をあけたほうがよい
覚えている最中やらない下がる
強さだけでも、置き場所だけでも決まらない
注意

ここで挙げた強さは、実験で使われた条件です。体調や持病がある場合は無理をせず、ご自身の状態に合わせて加減してください。

3

筋トレでも効くのか

走らなくてもよい

ここまでの実験は、走る・自転車をこぐといった有酸素運動が中心でした。

体力錬成で筋トレを中心にしている方も多いと思います。そこで気になるのが、筋トレでも同じことが起きるのかという点です。

走る場合と持ち上げる場合、どちらからも同じ太さの光が参考書へ届いている図
種目は違っても、届く先は同じだった

20分の筋トレで、48時間後の記憶が上がった

2014年の実験では、46人を2つのグループに分けました。全員が同じ写真を覚えたあと、片方のグループだけが筋トレをします。

内容は、片脚の曲げ伸ばしを全力で6セット×10回。時間にして20分ほどです。

48時間後に「さっきの写真はどれか」を答えてもらった結果、筋トレをしたグループのほうが、はっきり正確に見分けられました

種目の差ではなく、体に負荷がかかったかどうかが効いているようです。

第4回で紹介した50歳以上を対象にした分析でも、有酸素運動と筋トレのあいだに大きな差はありませんでした。

訓練そのものが、条件を満たしている

この結果は、体を動かす仕事にとって都合がよいものです。

ホース延長、はしご操作、救助訓練、体力錬成。どれも短時間で強い負荷がかかるという点で、実験で使われた条件に近い形をしています。

わざわざ走りに行く必要はありません。すでにやっている訓練の前後に、覚える時間を寄せるだけです。

ここが大事

「有酸素運動でないと意味がない」ということはありません。息が上がるだけの負荷がかかっていれば、種目は問いません。

4

なぜ効くのか

記憶を固めるには、材料がいる

理屈が分かると続けやすいので、しくみにも触れておきます。

覚えた直後の記憶は、まだ固まっていない状態にあります。時間をかけて固定されていくのですが、この作業には材料が必要です。

その材料のひとつとして、よく研究されているものがあります。神経を育てたり、つなぎ目を強くしたりする働きをするたんぱく質です。

運動によって体からわき上がった光の粒が、ふわふわした記憶を固い形に変えていく図
動くと、固めるための材料が配られる

運動すると、その材料が増える

29件の研究をまとめた2015年の分析によると、この物質は1回の運動でしっかり増えることが確認されています。

さらに、ふだんから運動している人ほど、1回あたりの増え幅が大きくなっていました。

調べたこと結果
1回の運動で増えるかしっかり増える
習慣があると増え幅は変わるか増え幅が大きくなる
ふだんの水準そのものは上がるかわずかに上がる程度
習慣は、1回あたりの効きを底上げする役割

いちばん下の行が示しているのは、運動習慣そのものが記憶力を底上げするわけではないということです。

習慣の役割は、1回動いたときの効きを大きくすることのほうにあります。だから、続けたうえで置き場所を考える価値があるわけです。

補足

この物質の増減と、記憶の成績が上がることの関係は、まだ完全には分かっていません。「こういうしくみらしい」という段階だと受け取ってください。

5

勤務のなかに、どう置くか

基本の並べ方

ここまでを、実際の1日に置き直します。基本形はひとつだけです。

覚える → 間をあける → しっかり動かす

この順番が、いちばん効果の大きい並びでした。逆に、覚えた直後にすぐ激しく動くのは、いちばん効かない並びになります。

体を動かしたあと、上着とタオル、運動靴を置いて机に向かっている場面
動かす時間と覚える時間を、隣り合わせにする

勤務の形に当てはめる

この仕事の場合、体を動かす時間はある程度決まっています。そこを軸にして、覚える時間を寄せていきます。

場面置き方
訓練・体力錬成が午前にある日その前の時間に覚える作業を寄せる
覚える時間しか取れない日10分だけ軽く動いてから机に向かう
覚えた直後に訓練が入る日入れ替えられるなら入れ替える
体を動かせない日そのまま覚える。運動しないより悪くはならない
運動を増やすのではなく、覚える時間のほうを動かす

ポイントは、運動の予定は動かさないことです。動かすのは、覚える時間のほうになります。

訓練の予定は自分で決められませんが、教材を開く時間は自分で決められます。

座りっぱなしを区切るのは、どうか

「長時間座り続けるのは良くない。途中で立つといい」という話もよく聞きます。

こちらは、まだ証拠が弱い段階です。7件の研究をまとめた検討では、効果が出たのは3件だけでした。方法もばらばらで、はっきりしたことは言えません。

ただ、第2回で見たとおり短い切れ目をはさむこと自体には効果があります。その切れ目を立ち歩く時間にするのは、少なくとも損ではありません。

試験前に削ってはいけないもの

最後にひとつだけ。

試験が近づくと、机に向かう時間を作るために体を動かす時間を削る方がいます。今回の内容からすると、これはいちばんもったいない削り方です。

削るどころか、置き場所を変えるだけで得ができます。時間を増やす必要はありません。

ここが大事

今日から変えられるのは、運動の量ではなく順番です。すでに動いている人ほど、変えるものが少なくて済みます。

★ ここだけ覚えればOK ★
増やすのではなく、置き直す
覚えたあとに置く

→ 間をあけて、強めに。いちばん確実

ながらはやらない

→ 覚えている最中に動くのは、逆効果だった

種目は問わない

→ 筋トレでも同じ。訓練がそのまま使える

まとめ

運動は、勉強の代わりにはなりません。ですが覚えたものを残りやすくする働きは、はっきり確認されています。

そして、体を動かす時間がすでにある人ほど得をします。今日から変えられることは、次の5つです。

  • 覚えたあと、間をあけてしっかり動かす(いちばん確実)
  • 強さの目安は、最大心拍数の7〜8割
  • 覚えている最中に動くのは避ける(下がる)
  • 筋トレでも効く。訓練や体力錬成をそのまま使う
  • 試験前でも、体を動かす時間は削らない

動かす予定は変えなくて構いません。動かすのは、教材を開く時間のほうです。

📚 参考文献
  1. Roig, M., Nordbrandt, S., Geertsen, S. S., & Nielsen, J. B. (2013). The effects of cardiovascular exercise on human memory: A review with meta-analysis. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 37(8), 1645–1666.
  2. Loprinzi, P. D., Blough, J., Ryu, S., & Kang, M. (2019). The Temporal Effects of Acute Exercise on Episodic Memory Function: Systematic Review with Meta-Analysis. Brain Sciences, 9(4), 87.
  3. van Dongen, E. V., Kersten, I. H. P., Wagner, I. C., Morris, R. G. M., & Fernández, G. (2016). Physical Exercise Performed Four Hours after Learning Improves Memory Retention and Increases Hippocampal Pattern Similarity during Retrieval. Current Biology, 26(13), 1722–1727.
  4. Suwabe, K., Byun, K., Hyodo, K., et al. (2018). Rapid stimulation of human dentate gyrus function with acute mild exercise. PNAS, 115(41), 10487–10492.
  5. Weinberg, L., Hasni, A., Shinohara, M., & Duarte, A. (2014). A single bout of resistance exercise can enhance episodic memory performance. Acta Psychologica, 153, 13–19.
  6. Szuhany, K. L., Bugatti, M., & Otto, M. W. (2015). A meta-analytic review of the effects of exercise on brain-derived neurotrophic factor. Journal of Psychiatric Research, 60, 56–64.
  7. Chandrasekaran, B., Pesola, A. J., Rao, C. R., & Arumugam, A. (2021). Does breaking up prolonged sitting improve cognitive functions in sedentary adults? BMC Musculoskeletal Disorders, 22, 274.
  8. Northey, J. M., Cherbuin, N., Pumpa, K. L., Smee, D. J., & Rattray, B. (2018). Exercise interventions for cognitive function in adults older than 50: a systematic review with meta-analysis. British Journal of Sports Medicine, 52(3), 154–160.(第4回で使用)

コメント

タイトルとURLをコピーしました