準備はしてきた。問題集も回した。それなのに、本番で頭が真っ白になって、あとから「なんであれが出てこなかったのか」と悔しくなる。
この現象には名前がついていて、しくみもかなり分かっています。そして、やることは根性ではありません。
むしろ、いちばん効果が確かめられている対策は「試験の直前に10分だけ紙に書く」という、拍子抜けするほど簡単なものでした。
第1回から第4回までは、試験までの話でした。今回は「試験当日の話」です。
「頭が真っ白」の正体
頭の中には、小さな作業机がある
その場で考えるとき、頭の中では小さな作業机のようなものが使われています。ワーキングメモリ(作業記憶)と呼ばれるものです。
問題文を読んで、条件を頭に置いて、覚えている知識と照らし合わせる。この作業を広げる場所が、その机になります。
ところが、この机はとても狭いことが分かっています。そして不安は、この机の上を占領します。
「頭が真っ白」という感覚は、知識が消えたわけではありません。
知識は残っているのに、それを広げて使う場所がなくなっている状態です。だからあとになって、家に帰ってから思い出せます。
準備してきた人ほど、崩れやすいという結果
2005年に発表された実験は、ここでかなり意外な結果を出しました。
参加者に計算問題を解かせ、途中からプレッシャーのかかる条件に変えます。そのうえで、成績がどう変わるかを、頭の中の作業机が広い人と狭い人で比べました。
プレッシャーで成績が下がったのは、作業机が広い人のほうだけでした。しかも、机をいちばん使う難しい問題で、いちばん下がっています。
理由は単純です。机が広い人は、その広さを使って解いていました。だから、そこを不安に取られると、失うものが大きくなります。
言い換えると、本番で崩れるのは、準備が足りない人ではありません。むしろ、ふだんしっかり考えて解いている人のほうが、影響を受けます。
対策の方向は、ひとつだけです。知識を増やすことではなく、机の上を占領しているものをどかすこと。以下、その具体的な方法を見ていきます。
直前10分、不安を紙に書き出す
やることは、これだけ
試験が始まる前の10分間、白い紙に、今感じている不安をそのまま書きます。
文章がうまい必要はありません。「落ちたらどうしよう」「時間が足りない気がする」「あの科目が不安だ」。頭に浮かんでいることを、そのまま出すだけです。
誰かに見せるものではないので、きれいに書く必要もありません。
実験室でも、教室でも効いた
2011年に発表された研究では、この方法が2段階で確かめられています。
まず実験室で、プレッシャーをかけた計算テストの前に、書いたグループと静かに座っていたグループを比べました。
| 直前にしたこと | 正答率の変化 |
|---|---|
| 静かに座っていた | 12%下がった |
| 10分間、不安を書き出した | 5%上がった |
次に、実際の学校の期末試験でも試されました。とくに緊張しやすいと答えていた生徒に絞ると、書いたグループの成績はB+、書かなかったグループはB−。1段階の差がついています。
研究者は、この結果を「もともと不安の強い生徒が、本来の力を出せるようになった」と説明しています。地力が上がったのではなく、出せていなかった分が出たということです。
なぜ、書くと効くのか
セクション0の話がそのまま答えになります。
頭の中で抱えているかぎり、不安は作業机の上に居座り続けます。ところが紙に書き出すと、そこに置いておけるようになります。
考えないようにするのではなく、いったん外に出して、置き場所を変えるということです。
試験開始の10分前、白紙かメモ帳の裏に、思っていることをそのまま書く。読み返さず、そのまま閉じてください。前向きなことを書こうとしなくて構いません。
ドキドキは「準備できている合図」
同じ体の反応を、別に読む
本番の朝、心臓が速くなる。手が汗ばむ。息が浅くなる。
これを「まずい、緊張している」と受け取ると、そこからさらに不安が増えます。ところが同じ反応は、体が力を出す準備をしている状態でもあります。
血圧が上がり、心拍が上がり、酸素が回る。これは本来、目の前のことに対処するための反応です。
説明を読んだだけで、点が上がった
この「読み替え」を実験で試したものがあります。
試験の前に、参加者に短い説明を読ませました。内容は、「試験のときに感じる緊張は害ではなく、むしろ力を出すのを助けている」というものです。それだけで、他には何もしていません。
2010年の研究では大学院入試の模擬試験で、2016年の研究では実際の授業の試験で、それぞれこの説明を読んだグループの成績が上がりました(2016年の研究で効果量 d=0.55、中程度の効果)。
| 同じ体の反応 | 読み方 |
|---|---|
| 心臓が速くなる | 血が回っている。頭に酸素が届く |
| 手が汗ばむ | 体が動く準備をしている |
| 息が浅くなる | 取り込む量を増やそうとしている |
ここで大事なのは、緊張をなくそうとしていない点です。「落ち着け」と言い聞かせる方法ではありません。
ドキドキしたままで構わない。それは準備ができている合図だ、と受け取り直すだけです。
試験の緊張の話です。日常生活に支障が出るほどの強い不安が続く場合は、別の対処が必要になります。その場合はひとりで抱えず、相談できる先に話してください。
「最初の答えを信じろ」は、間違い
見直しで迷ったとき、どうするか
見直しをしていて、選んだ答えが気になる。別の選択肢のほうが正しい気がしてきた。
このとき、多くの人が「最初の直感を信じたほうがいい」と考えます。変えて外したときの悔しさを、誰もが知っているからです。
ところが、実際に調べた結果は逆でした。
3,291回の書き直しを数えた研究
2005年の研究では、大学の試験の答案1,561枚を回収し、消しゴムの跡から書き直しをすべて数えました。合計3,291回です。
その内訳が、こちらです。
| 書き直しの結果 | 割合 |
|---|---|
| まちがい → 正解 | 51% |
| 正解 → まちがい | 25% |
| まちがい → まちがい | 23% |
書き直して正解になったほうが、まちがいになったより2倍多いという結果です。
いっぽうで、同じ研究で学生に聞くと、75%が「最初の答えのほうが正しいはずだ」と答えていました。事実と、思い込みが逆を向いています。
なぜ「変えると損」だと感じるのか
理由は、記憶に残る場面が偏っているからです。
変えて外したときは、「変えなければ合っていたのに」と強く悔やみます。この場面はよく覚えています。
ところが、変えて正解になったときは「変えてよかった」で終わり、そのまま忘れます。悔しかった記憶だけが残るので、変えると損だという印象ができあがります。
ただし、何となく落ち着かないから変える、は別です。読み違えに気づいた、条件を見落としていた、という理由が言えるときは、迷わず書き直してください。
解く前に、会場を思い浮かべる
覚えた場所と、思い出す場所
覚えたときの場所と、思い出すときの場所が違うと、思い出しにくくなることが知られています。
1935年から1997年までの75件の研究をまとめた分析では、この効果が確かに存在することが確認されました。ただし大きさは控えめで、効果量は d=0.28(小さめの効果)です。
自宅で覚えたことが試験会場で出てこない理由の、ひとつではあるということになります。
思い浮かべるだけで、差が消えた
ここからが実用的な話です。
同じ分析では、覚えたときの場所を頭の中で思い浮かべてもらうと、場所が違うことによる不利がほぼ消えることも示されています。
つまり、試験会場で勉強する必要はありません。会場を思い浮かべてから解く、それだけで足ります。
| 条件 | 場所が違うことの不利 |
|---|---|
| そのまま別の場所で思い出す | 出る |
| 覚えた場所を頭に思い浮かべてから思い出す | ほぼ消える |
| 他に強い手がかりがあるとき | 出にくい |
もうひとつ、この分析が示しているのは、他にしっかりした手がかりがあると、場所の影響は小さくなるということです。
内容どうしが結びついて覚えられていれば、部屋が変わっても引き出せます。第1回の想起練習と第4回の「実務の場面に結びつける」が効いてくるのは、ここです。
模試や過去問を解くときは、本番と同じ時刻・同じ制限時間で。始める前に会場の様子をひと呼吸ぶん思い浮かべると、それだけで条件が近づきます。
当日、何をして、何をしないか
やることは、多くない
ここまでの4つを、当日の流れに並べます。
ポイントは、当日に新しいことをしないことです。当日できるのは、持っているものを出しやすくすることだけになります。
当日の流れ
- 朝:新しい教材に手を出さない。見るなら、これまで間違えたところだけ
- 会場に着いたら:ドキドキしてきたら「準備ができている合図」と受け取り直す
- 開始10分前:白紙に、今感じている不安をそのまま書き出す。読み返さずに閉じる
- 解いている間:理由が言えるなら、答えを書き直す。何となくなら、そのまま
シリーズ5回のまとめ
第1回から今回までで、勉強法のひととおりが揃いました。
覚え方(第1回)、机の整え方(第2回)、続け方(第3回)、大人ならではの条件(第4回)、そして本番(第5回)。
どれも共通しているのは、意志の強さではなく、やり方と段取りの問題だったということです。
当日にできることは限られていますが、ゼロではありません。10分の書き出しと、緊張の受け取り方。この2つだけでも、出せる量は変わります。
当日にできる3つ
→ 頭から紙へ移すと、考える場所が空く
→ 消そうとせず、読み方だけを変える
→ 書き直しは、得のほうが2倍多かった
まとめ
本番で力が出ないのは、知識が消えるからではありません。知識を広げて使う場所を、不安が占領しているからです。
そして場所は空けられます。当日にできることは、次の5つです。
- 開始10分前、白紙に不安をそのまま書き出す
- ドキドキは「準備ができている合図」と受け取り直す
- 理由が言えるときは、答えを書き直す
- 解く前に、会場の様子をひと呼吸ぶん思い浮かべる
- 当日の朝は、新しい教材に手を出さない
緊張をなくそうとするのをやめて、緊張したままで出せる形を作る。本番でやることは、それだけです。
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