「若い頃のようには覚えられない」。勉強を再開した方から、いちばんよく出てくる言葉です。
実感としては、たしかにそのとおりだと思います。ですが研究を見ていくと、落ちているのは一部の力だけで、逆に伸びている力もあることが分かっています。
そして大人には、若い人が持っていない武器があります。それを使わずに、若い頃と同じやり方で戦うと、かえって苦しくなります。
第1回は「どう覚えるか」、第2回は「どう机に向かうか」、第3回は「どう続けるか」でした。今回は「大人はどう学ぶか」の話です。
記憶力は「全体的に落ちる」わけではない
力によって、頂上の位置が違う
「頭の働きは20歳前後がピークで、あとは下る一方」というイメージが広くあります。
ところが2015年に発表された研究では、そう単純ではないことが示されました。10代から70代以上まで、数万人分のデータを集めて、能力ごとに年齢との関係を調べたものです。
結果は、能力によって頂上の位置がバラバラだったというものでした。
下っている力と、上っている力
おもな結果を並べると、次のようになります。
| 能力 | いちばん高くなる年齢 |
|---|---|
| 頭の回転の速さ | 18歳ごろ |
| 目で見たものを一時的に覚える力 | 25歳ごろ |
| 数字を一時的に覚える力 | 30代前半〜半ば |
| 人の気持ちを読み取る力 | 40〜60代 |
| 語彙・知識の量 | 60代後半〜70代前半 |
たしかに、処理の速さとその場で覚えておく力は、早い時期に頂点を過ぎています。若い頃と同じ速さで詰め込もうとすると苦しいのは、ここが理由です。
いっぽうで語彙や知識の量は、60代後半まで伸び続けていました。これは「積み上がってきたもの」なので、時間とともに増えていきます。
大人の学び方とは、下っている力に頼るのをやめて、上っている力のほうを使うということです。以下、その具体的な中身を見ていきます。
大人の武器は「もう知っていること」
同じ文章でも、見えているものが違う
すでに知っていることが多いと、新しい内容が覚えやすくなります。
新しい情報は、宙に浮いたままでは頭に残りません。すでに知っていることに引っかかって、はじめて留まるからです。
知識が多いということは、引っかかる場所が多いということになります。
読解力より、知識が勝った実験
この効果を示した有名な実験があります。1988年に行われた、中学生64人を対象にしたものです。
参加者を、読解力の高い・低いと、野球にくわしい・くわしくないの組み合わせで4つに分けました。そのうえで、野球の試合を描いた文章を読ませ、内容をどれだけ再現できるかを調べています。
ふつうに考えれば、読解力の高い人が有利です。ところが結果はこうでした。
| 読解力 | 野球の知識 | 内容の再現 |
|---|---|---|
| 高い | くわしい | よくできた |
| 低い | くわしい | よくできた |
| 高い | くわしくない | できなかった |
| 低い | くわしくない | できなかった |
読解力が低くても野球にくわしい人は、読解力が高くて野球を知らない人を上回りました。
そして読解力が高くても野球を知らない人は、読解力が低く野球も知らない人と、ほとんど変わりませんでした。
仕事で見てきたことに結びつける
ここが、大人にとっていちばん大きい話です。
実務で見聞きしてきたことは、そのまま引っかかる場所になります。条文を読むときも、抽象的な言葉として覚えるのではなく、「あの場面のことか」と結びつけられます。
若い頃は知識が少ないぶん、丸暗記に頼るしかありませんでした。今は、その必要がありません。
新しい項目を読んだら、そのつど「これは実際にはどの場面のことか」を一度考えてください。思い当たる場面がひとつ出てくれば、それだけで定着がまったく変わります。
「歳だから」と思うこと自体が、成績を下げる
思い込みが、その場の成績を動かす
ここからは、少し意外な話です。
「自分の年齢では記憶力が落ちている」と意識させられた状態でテストを受けると、実際に成績が下がることが分かっています。
能力が落ちたわけではありません。テストの直前に何を意識していたか、それだけで結果が変わってしまうということです。
複数の研究をまとめても、同じだった
2015年から2017年にかけて発表された分析では、この現象を扱った研究がまとめられました。
その結果、年齢についての思い込みを意識させられた条件では、記憶の成績がはっきり下がることが確認されています(記憶課題で効果量 d=0.25〜0.37、小〜中程度の効果)。
さらに重要なのは、この分析が示したもうひとつの点です。成績を下げていたのは、年齢についての事実を伝えられたときではなく、否定的な決めつけを向けられたときでした。
「加齢で処理の速さは変わる」という事実を知ること自体は、害になりません。
問題は「だからもう無理だ」という決めつけのほうです。
口ぐせを変えるだけでも違う
実務では、この決めつけは口ぐせの形で出てきます。「もう歳だから」「若い子にはかなわない」。
言っている本人は冗談のつもりでも、直前に口にしていると、その状態で机に向かうことになります。
言い換えるなら、セクション0の内容がそのまま使えます。「速さでは負けるが、知識の量では勝っている」。事実として、そのとおりです。
これは「気の持ちよう」という精神論ではありません。思い込みが、その場のテストの点数を実際に動かしていた、という測定結果の話です。
体を動かすと、頭に入りやすくなる
39件の研究をまとめた結果
勉強の話に運動が出てくるのは唐突に思えるかもしれませんが、ここは研究の蓄積がある分野です。
2018年に発表された分析では、50歳以上を対象にした39件の研究がまとめられました。運動をする習慣を作ったグループと、そうでないグループで、頭の働きを比べたものです。
結果として、ヨガを除くすべての運動の種類で、はっきりした効果が確認されました。
どのくらいやればいいのか
この分析では、効果のあった運動の中身もまとめられています。
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| 1回の長さ | 45〜60分 |
| 強さ | 中くらい〜きつめ |
| 種類 | 有酸素運動・筋トレ・その組み合わせ・太極拳 |
| 頻度・期間 | どの頻度・どの期間でも効果があった |
注目したいのは、有酸素運動と筋トレで、効果に大きな差がなかったことです。走らなければいけない、ということではありません。
そして、頻度や期間の条件がゆるいのも助かるところです。まとめて長くやらなくても、効果は確認されています。
体を動かす仕事だからこそ
訓練や日々の業務で体を動かしている方にとっては、この項目はすでに満たされている可能性があります。
むしろ気をつけたいのは逆で、試験が近づくと運動をやめてしまうことです。机に向かう時間を作るために真っ先に削られるのが、体を動かす時間だからです。
研究の結果を見るかぎり、そこを削るのは損な取引になります。
この分析は50歳以上を対象にしたものです。それより若い年代にそのまま当てはまるとは限りませんが、運動をやめる理由にはなりません。
ラクな学びでは、伸びなかった
5つのグループを3か月追いかけた実験
「頭を使うことが大事」とはよく言われますが、では何をすればいいのか。
これを正面から比べた実験があります。2014年に発表された研究で、60歳から90歳の221人を、3か月間・週15時間の活動に振り分けたものです。
振り分け先は5つ。どれも「頭を使う活動」ですが、負荷の重さが違います。
| グループ | 記憶の成績 |
|---|---|
| デジタル写真を新しく習う | 伸びた |
| キルト作りを新しく習う | 伸びた |
| 両方を新しく習う | 伸びた |
| 仲間と出かける・交流する | 伸びなかった |
| 家でクイズを解く・音楽を聴く | 伸びなかった |
伸びたのは、はじめてのことを習ったグループだけでした。
交流も、クイズも、活動としては頭を使っています。ですが、それでは足りなかったということです。
分かれ目は「うまくできない状態が続くか」
研究者は、伸びた3グループの共通点を「続けて、長いあいだ、頭に負荷がかかり続けたこと」と説明しています。
写真もキルトも、はじめての人には最初まったくできません。その状態が3か月続きました。
逆に言えば、すらすらできる活動をどれだけ長く続けても、そこは動かなかったということです。
第1回の話と、つながっている
この結論は、第1回で出てきた話と同じところに行き着きます。
読み返すのはラクで、思い出すのはしんどい。そして残るのはしんどいほうでした。ここでも、うまくできない感じがするほうが効いています。
年齢が上がるほど「できることをやりたくなる」ものですが、それでは伸びないということになります。
得意科目を何周もするより、苦手科目を1周するほうが伸びます。手応えが悪いのは、負荷がかかっている証拠です。
では、大人はどう組み立てるか
若い頃の時間割を、そのまま使わない
ここまでの4つを、実際の1週間に落とし込みます。
まず前提として、若い頃と同じ組み方はしません。長時間まとめて詰め込むやり方は、いちばん早く頂点を過ぎた力に頼るやり方だからです。
代わりに使うのは、積み上がってきた知識のほうです。
組み立ての4点
- 新しい項目は、必ず実務の場面と結びつける。ひとつでも思い当たる場面が出れば、それが引っかかりになります
- 手応えの悪い科目を先に置く。頭がいちばん動く時間帯を、苦手なほうに使います
- 体を動かす時間を、試験前でも削らない。削るなら別のところから削ります
- 「もう歳だから」を口に出さない。事実として、知識の量では若い頃より有利です
やり方は、これまでの3回とセットで
今回の話は、あくまで「大人ならではの条件」の部分です。
実際の勉強のやり方そのもの——閉じて思い出す、間をあける、混ぜて解く、スマホを離す、1行決めて記録する——は、これまでの3回で扱ったとおりです。年齢によって変わりません。
変わるのは、どの力に頼るかだけです。
「若い頃より不利になった」のではなく、「有利な部分が入れ替わった」と考えてください。使う武器を持ち替えれば、条件はそれほど悪くありません。
下っている力ではなく、上っている力を使う
→ 速さでは負ける。実務の経験に結びつける
→ 「もう歳だから」は実際に点数を下げる
→ 伸びたのは、はじめてのことを習った人だけ
まとめ
年を重ねると、たしかに処理の速さとその場で覚えておく力は落ちます。ですが知識の量は、60代後半まで伸び続けます。
そして知識は、新しいことを覚えるときの土台になります。今日から変えられることは、次の5つです。
- 新しい項目は、実務の場面に結びつけてから覚える
- 手応えの悪い科目を、頭が動く時間帯に置く
- 体を動かす時間は、試験前でも削らない
- 「もう歳だから」を口ぐせにしない
- できることの反復ではなく、できないことに時間を使う
若い頃と同じ武器で戦うのをやめる。持ち替えれば、条件はそれほど悪くありません。
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