前回は、現場に線を引く話でした。今回は、線を引いている暇もないときの話です。
目の前で火が燃えうつりそう。そんなとき消防は、持ち主に許可を取らずに、通り、こわし、水を使うことができます。これを即時強制(そくじきょうせい)といいます。
むずかしそうな言葉ですが、中身はとてもシンプルです。今回も、条文を一度そのまま読んでから、かみ砕いていきます。
即時強制ってなに?
行政(役所)が国民に何かをさせるときは、ふつう順番があります。「直しなさい」と命令する → 従わない → 強制する。この順番です。
ところが火事の現場では、その順番を踏んでいる時間がありません。「この塀をどけてください」と持ち主を探しているあいだに、家が全部燃えてしまいます。
そこで、命令をとばして、いきなり実力を使うことが認められています。これが即時強制です。
定義はこうです。
「義務を命ずる暇のない場合、又はその性質上義務を命ずることによってはその目的を達しがたい場合に、直接国民の身体・財産に実力を加え、行政上必要な状態を実現する作用」
大事なのは、ほかの強制手段(直接強制・代執行・執行罰・強制徴収)が、どれも「命令したのに従わなかった」ことを前提にしているのに対し、即時強制だけはその前提がいらないという点です。
消防法の即時強制は4つ
消防法のなかで即時強制にあたるのは、次の4つです。
- ① 屋外の物件の除去・保管(第3条第2項)…第2回でやった、外の危ないものをかたづける権限
- ② 消防隊の緊急通行権(第27条)…通っていい
- ③ 消火活動中の緊急措置(第29条)…使っていい・こわしていい
- ④ 緊急水利使用権(第30条)…水を使っていい
一方、即時強制ではないものが2つあります。
緊急時の使用停止命令は、名前に「緊急」と付いていても命令です。命令する余裕があるのだから、即時強制ではありません。
立入検査(第4条)は、かつて即時強制と説明されていましたが、今は「行政調査」(実力を加えるのではなく、調べる行為)として整理されています。第1回で学んだとおり、質問も写真も任意でしたね。実力で押し通すものではない、ということです。
「緊急時の使用停止命令権は即時強制に該当する」「立入検査は現在も即時強制として説明される」は、いずれもまちがいです。
消防隊の緊急通行権(第27条)
「消防隊は、火災の現場に到着するために緊急の必要があるときは、一般交通の用に供しない通路若しくは公共の用に供しない空地及び水面を通行することができる。」
つまり、消防隊が現場へ急ぐとき、みんなが通る道ではない場所(私道や空き地、池など)を通ってよい、というルールです。「公共の用に供しない空地」とは、私有地などでたまたま空き地になっている部分のことをいいます。
ポイントは3つです。
- 消防団員も使える…装備をした消防吏員だけでなく、同じ装備をした消防団員も含みます
- 火事以外でも使える…地震や水害など、ほかの災害でも使えます
- 私有地に多少ふみこんでも使える…「他人の土地に少しでも迷惑がかかるなら使えない」はまちがいです。急いで助けに行くことのほうが大事だからです(もっとも、大きな被害を与えるようなことは通常想定されていません)
現場でこわす・水を使う(第29条・第30条)
ここは誰の権限かがすべてです。条文を2つ並べると、はっきり見えます。
「消防吏員又は消防団員は、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために必要があるときは、火災が発生せんとし、又は発生した消防対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。」
「消防長若しくは消防署長又は消防本部を置かない市町村においては消防団の長は、火勢、気象の状況その他周囲の事情から合理的に判断して延焼防止のためやむを得ないと認めるときは、延焼の虞がある消防対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。」
2つの条文のちがいは、対象と主体です。
1項は「もう燃えている/今にも燃えそう」な建物。これは現場の消防吏員・消防団員が判断して、使ったりこわしたりできます。
2項は「まだ燃えていないが、燃えうつるかもしれない」建物。まだ無事な他人の家をこわす判断なので、現場の一人では決められません。消防長・消防署長(消防本部を置かない市町村では消防団の長)の権限です。
「まだ燃えていない家をこわすのは、責任が重いから長が決める」と考えると、すっと入ります。
「火災の現場に対する給水を維持するために緊急の必要があるときは、消防長若しくは消防署長又は消防本部を置かない市町村においては消防団の長は、水利を使用し又は用水路の水門、樋門若しくは水道の制水弁の開閉を行うことができる。」
つまり、消火の水が足りないとき、用水路の水門を開けたり、水道のバルブ(制水弁)を操作したりできます。町全体の水の流れを変える行為なので、これも長の権限。一般の消防団員の権限ではありません。
「延焼のおそれがある消防対象物の処分を一般の消防吏員が当然に行える」「消防水利の緊急使用権は消防団員の権限である」は、いずれもまちがいです。
屋外物件の除去・緊急通行・緊急措置・緊急水利。使用停止命令は×、立入検査は行政調査
消防団員も・火事以外の災害でも・私有地に多少ふみこんでも使える
延焼のおそれがある対象物の処分と、水門・制水弁の開閉は長の権限
📒 この記事のまとめ
即時強制は「命令している暇がないから、いきなり動く」しくみでした。
- 即時強制は、義務の不履行を前提としない点で直接強制・代執行・執行罰・強制徴収と異なる
- 消防法上の即時強制は、屋外物件の除去・保管、緊急通行権、緊急措置、緊急水利使用権の4つ
- 緊急時の使用停止命令権は命令なので即時強制ではない。立入検査は現在は行政調査
- 緊急通行権(第27条)は装備した消防団員も含み、火災以外の災害にも適用でき、私有財産の多少の制限は許容される
- 第29条第1項(発生した・発生せんとする)は消防吏員・消防団員、第2項(延焼のおそれがある)は長の権限
- 緊急水利使用権(第30条)も長の権限で、一般の消防団員の権限ではない
「もう燃えているか、まだ燃えていないか」で権限者が変わる。ここを押さえておけば、取りちがえにはひっかかりません。
確認問題(全5問)
問 1
消防法に規定される諸権限のうち、一般に行政法学上の即時強制に該当しないものは、次のうちどれか。
- 走行中の移動タンク貯蔵所に対する停止措置権
- 消防隊の緊急通行権
- 緊急時の使用停止命令権
- 消火活動中の緊急措置権
- 緊急水利使用権
💡 ヒント
名前に「緊急」と付いていても、相手に紙を渡している絵はどれでしたか。
✅ 正解と解説を見る
正解:C
緊急時の使用停止命令権は、相手に義務を命ずる作用です。義務を命ずる余裕がない場合に直接実力を加えるのが即時強制ですから、これには該当しません。
問 2
「義務を命ずる暇のない場合、又はその性質上義務を命ずることによってはその目的を達しがたい場合に、直接国民の身体・財産に実力を加え、行政上必要な状態を実現する作用」に該当するものは、次のうちどれか。
- 直接強制
- 強制徴収
- 執行罰
- 代執行
- 即時強制
💡 ヒント
改札の絵で、切符を持たずに通り抜けていたのはどれでしたか。
✅ 正解と解説を見る
正解:E
設問の定義は即時強制です。直接強制・強制徴収・執行罰・代執行は、いずれも義務の不履行を前提とする点で異なります。
問 3
消防法第27条に定める消防隊の緊急通行権に関する記述で、妥当でないものはどれか。
- 緊急通行権により私有財産に多少なりとも制限を加えることになる場合は、これを行使できない。
- 緊急通行権を有する者には、消防器具を装備した消防吏員だけでなく、同様の装備をした消防団員も含まれる。
- 通行できるのは、一般交通の用に供しない通路又は公共の用に供しない空地及び水面である。
- 緊急通行権は、火災を除く他の災害に関しても適用することができる。
- 「公共の用に供しない空地」とは、私有地等でたまたま空地となっている部分をいう。
💡 ヒント
消防車が空き地を横切っていた絵。その空き地には、どんな看板が立っていましたか。
✅ 正解と解説を見る
正解:A
社会公共のため緊急の必要があるときは、私有財産に多少の制限を加えることがあっても緊急通行権を行使できます。多少の制限を理由に行使できないとする記述は妥当ではありません。
問 4
消防法第29条第1項により、消防吏員又は消防団員が消火活動中の緊急措置として行えるものに該当しないものはどれか。
- 火災が発生した消防対象物の処分
- 火災が発生せんとする消防対象物の存する土地の処分
- 火災が発生した消防対象物の使用の制限
- 火災が延焼するおそれのある消防対象物の処分
- 火災が発生した消防対象物の使用
💡 ヒント
隊員が手を止めて無線をにぎっていたのは、どんな状態の建物の前でしたか。
✅ 正解と解説を見る
正解:D
延焼のおそれがある消防対象物の処分は、消防長・消防署長(消防本部を置かない市町村では消防団の長)の権限です(第29条第2項)。第1項により消防吏員・消防団員が当然に行えるものではありません。
問 5
消防法上の諸権限のうち、消防団員の権限に属さないものはどれか。
- 火災現場における情報提供の要求
- 消防水利の緊急使用権
- 消防警戒区域の設定
- 火災現場での消防対象物等の処分
- 応急消火への協力要請
💡 ヒント
水門のハンドルに手を伸ばして止められていたのは、どちらの人でしたか。
✅ 正解と解説を見る
正解:B
水利の使用や水門・樋門・制水弁の開閉を行う緊急水利使用権は、消防長・消防署長又は消防団の長の権限であり(第30条第1項)、一般の消防団員の権限ではありません。

コメント